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常在選挙。常に選挙に身を置く弊社代表が、3,000件超の候補者を見続け勝てる候補者、負ける候補者の違いを分析。さらに『90日で政治家になる具体的なノウハウ』などノウハウ満載の地方選挙に特化した選挙本がついに登場しました。
見た目は人を食ったタイトルですが、これは、政治、選挙に興味のない人に本書を手にとってもらい政治への興味のきっかけとなるような導入本としたが故。
28歳でなくても、新人、若手候補者に向けて、東西の選挙のプロフェッショナルをうならせ、ある選挙プランナーからは『これからはこの本を地方選挙出馬予定者のバイブルとして推奨します』との御声もいただきました。通常コンサルティングで、1.5時間5万円いただく筆者が、実際にコンサル現場で指南する基礎的な内容、アドバイスを盛り込んだ必読書。本気で本物の地方選挙攻略本として仕上げています。


■選挙体験記 -箭内好彦 郡山市議会議員に聞く



2015年8月9日、郡山市議会議員選挙で初当選された箭内好彦さんに、お話を伺いました。

もくじ 
  1. ・経歴
  2. ・立候補のきっかけ
  3. ・ゼロからの選挙選
  4. ・後援会の立ち上げ
  5. ・新人の私を当選に導いた4つのできること
  6. ・選挙期間を迎えて
  7. ・政治家になりたい方へのメッセージ


■経歴

中学、高校時代は生徒会活動や部活の柔道を行いながら、父親の創業した玩具小売業の手伝いを
していました。当時、県内では大手と言われ、そのまま大学卒業後に、すでに兄も入社していましたが、
私も家業を継ぐため自社に入社しました。県内各地に出店を重ねその責任者として赴任したり、地元
商店街では青年連合会の会長をしたこともありました。
その後玩具小売業が厳しくなってくると、小売業からダイソーへの事業転換をしたのですが、そこでは
県内だけではなく山形県などの離れた土地を転々とすることが増えました。
当選後のいまも経営の数字的な面を監督したりなど働いておりますが、公人にならせて頂いたので
ほとんどの時間、政治に尽力をしております。



■立候補のきっかけ

30年くらい前、若い時に地元の衆議院議員選挙のお手伝いをしました。約1か月ものあいだ本人と共に活動しました。もしかしたら、その時に政治に興味を持ったのかもしれません。ただ、玩具事業の環境が厳しくなってからは、人の手伝いにまでは手が回る余裕がなく、政治とは縁が切れました。それまでは
近場の市議会議員のお手伝い、遊説隊長なども勤めたこともありましたが、それほど深い付き合いと
いうわけでもなかったんです。



--  それでは、何がきっかけとなったのでしょう?

やはり、立候補のきっかけは、震災です。
私の持つ5店舗中3店舗がやられました。1店舗は壊滅です。2011年は、家族、従業員、会社を守る
ため、自社店舗を復旧するのが精一杯でした。
立て直しに目処が立ち、少し余裕が出てきた時に見えてきたのが、周りの惨状でした。その当時は
「俺たちの福島県は、俺たちの郡山は、成り立っていくのだろうか?」という物凄い危機感がありました。
混乱の中、色々なことをあがきました。まずはとにかく情報を集めようとしました。でもとれる情報は、
報道されている内容しかなくて、市役所に詳しい情報を求めに行っても報道以上の事はないんです。
それでも、地域の皆さんと共に自分をふるい立たせ、地域を復旧させることに精一杯でしたね。NPO
なども勤めましたが、震災の無力感は、方向性が違うんです。人生観が変わりました。

--  想像を絶する状況ですね…

古巣の危機をまざまざと感じいろいろ考えた末、震災の2年後に「立候補したい」と妻に言ったんですよね。「この一年、何かできないかとあがいてきたけれど、結局何もできない自分がいる」って。そういう
立場に立たないと、情報すらもらえないんだと実感したのが正直なところでした。
当然妻には反対されました。冗談を言っていると思ったのかもしれないですね(笑)。
父親にも反対されました。ダイソーへ事業転換した後にとても厳しい流れをくぐり抜けてきてやっと軌道にのってきた。その時に震災にあったので、余計に思うところがあったのでしょう。

■ゼロからの選挙選

2年近く前から政治家になる事を意識し始めましたが、私には、特別大きなバックボーンがないんです。

郡山市内いくつかの私ゆかりの地域には、それぞれ現職の方がいてその地域に深く尽力していました。
中心市街地も、私の住んでいる地域にも現職の方がいらしたんですよね。当初ハッキリと「箭内を応援
してやろう」と旗をあげてくれる人や地域は、ほとんどなかったんです。
ですからとても苦労をしました。


--  では、誰がサポートをしてくれたのですか?

まず初めにサポートしてくれたのは学生時代の友人です。彼らが中心でした。
中学、高校時代には生徒会などもやっていたもので、その時の仲間に相談をしたら、友人一家が揃って応援してくれたりもしました。
それと、私の一族です。

妻も自社の社長の兄の一家も毎回手伝ってくれました。
父、おじ、おば、親戚の支えも非常に心強かったです。
妻は今年3月まで私の会社の店舗で店長として働いていたのですが、退職して私の応援をしてくれました。
2年前の事ですが、当初は反対だった妻から突然、「どうなの?」と聞かれたんですよ。「あなたのやりたい
こと、やったてみたらいいでしょ。私がダメと言っても、俺はやるって顔に書いてある。だったら私も心を決めて応援するしかないと思う」と言って妻は応援に入ってくれたんです。会社もそれをOKしてくれ、応援してくれたんです。
嫁さんを、家族を説得できなければ、政治家にはなれないかもしれませんね。一番身近な有権者ですから。


--  全面的なバックアップがあったんですね。

家族をはじめ兄一家や親せき、友人等の支援者の方が本気で動いてくれたから、結果が出たのだと思います。


■後援会の立ち上げ

知恵を借りながら後援会を立ち上げて、いちばん最初に集まったのが約40名くらいでしょうか。
声を掛けて来てくださった方、本当にバックアップしてくれた方が半々くらいでしたね。
自宅のそばにいた兄家族、親父たち一族は全面的に協力してくれました。市内の親戚の方々も、一生懸命応援をしてくれました。それに、学校の友人関係、お祭りの仲間も一生懸命力になってくれました。

コアになる皆さんを中心にして、本当に助けて頂きましたねぇ。

後援会立ち上げ当初は、後援会の獲得会員数を10000人としていたんです。当選ラインを考えて2000票取ることを目標にしていたので、10000人の20%ですよね。
その目標から見積もって、リーフレットは10000枚、ビラは30000枚お願いしました。
でも結局、目標が6000人、5000人と下がって、最終的に集まった会員数は3000人でした。3000人の20%
だと600票です、…全然足りないんですよ。あとはどうやって取るかですよね。3000人の半数以上が投票してくれるなら2000票に届くかもしれないですけど、読めないんです。

果たしてどのぐらい票を取れるのか。周りの方にも良く聞かれましたよ。でも読めないんですよねぇ。
私の住んでいる地区を例にあげると、9000人程の人口の大きなニュータウンなのですが、現職の方、前回 落選された方、私、の三すくみでしたので、現職を応援してくれる方の旗色はすぐにわかっても、新たに私を 応援してくれる方がなかなか現れず、本当に苦労しました。
「辛かった」のは見える形で応援してくれる方がなかなか出てきてくれなかった事ですね。
でも、だんだん選挙が近づき、仲間が増え、「お前を応援する!」っていう言葉だけではなくて、活動に混ざってくれる人、手伝って、入れ込んでくれる方が増えてきたんです。嬉しかったですね!「自分だけの活動じゃない!
やらなきゃいかん!」という気持ちの中でやってましたから。
62人出馬して38人が当選、24人もの人が落選するという郡山市議選史上最も厳しい選挙戦。
結果は、私は1810票を取って、62人中30位でした。
私自身はこの結果を受けて、「すべりこんだ」という印象を持っています。



--  けれど、この数字は目標の2000票に近いですよね。

結果論からすれば、「いい出来だった」のだと思います。
「お前はなぁ、人はいいけど、バックボーンがないしなぁ」ってよく言われましたし、1000票位がいいとこ
だと思われていたんじゃないかと思います。もちろん、支持者の方は信じていてくれましたよ。
けど、冷静に距離をとって見ていた方は、私が当選するとは思っていなかったみたいです。
今回挑んだ選挙は史上最大の立候補者数だったんです。背景として、2年前の市長選が影響したことがありました。6年前も同じ方同士での戦いに敗れ、震災から2年経った後現職に再挑戦するという因縁の市長選だったのですが、まるで「All郡山」対「個人」が戦うような選挙でした。結果は大方の予想を
覆し現在の市長である「個人」が勝ったんです。
今回の選挙では、市長派議員が少数という議会を変えようとする現市長擁護派と反対派が入り乱れ、また私のように震災を経て故郷をなんとかしたいと思った人も多く、その流れから大乱戦になました。
私は政策本位で、市長戦の流れには混ざらず、国会議員や県議に何かをお願いすることもなく、
為書きも8本ほど頂いてはおりましたが貼らずに、私は私の戦いをしました。
本当に厳しい戦いでしたねぇ。現職も戦々恐々として早くから動き出していました。
新人がどこまで食い込めるかという戦いでした。
色々作戦はたてましたけど、やってみなければわからないんですよね。


■新人の私を当選に導いた4つのできること

新人の私ができるのは、一つめに「挨拶回り」、二つめに
「後援会の会員を1人でも多く集めること」三つめに
「月に一回、後援会の集会を開く」ことでした。
集会には40~50人ほど参加してくださいました。
また、ある一定の時期から、後援会のコアなメンバーを中心に役員会を開きました。毎週月曜の18時 から週に1回、
のべ20数回開きました。後援会会長もなかなか決まらず
難儀しました。結局、何回も
断られたのですが、私より若いお祭りの責任者の方を2~
3ヶ月かけて口説き落としたんです。最終的には周りからのプッシュもあって、逃げられなくなったのでしょうね(笑)  幹事長や事務局長は高校の同期が引き受けてくれました。
役員会に参加してくれた10数名のメンバーは、手足になって動いてくれ、私を当選させてくれました。
このメンバーがいたから今の私があります。

四つ目は辻立ちです。出馬の目的は「地域をなんとかしたい、故郷をなんとかしたい」ということでしたし、事前に勉強した結果、自分の歩ける範囲のドブ板戦でなんとか票をたぐり寄せるには「市議」の選挙しかないというのが結論でした。
なにより、自分の住んでいる基礎の地域ですからね。
朝、横断歩道や、道路で手を振ったりする方は見掛けたのですが、マイクを握って街頭演説をする人はほとんどいなかったんです。激戦を制するには誰もやらない辻立ちをすべきとの判断で、選挙の3ヶ月程前から、警察に許可をとって朝と夕にやり始めたんです。場所は郡山駅前と居住地の2か所です。
田村さんの本にも書いてあるように本当はもっと早くに始めたかったんですが、諸々の事情から3ヶ月前のスタートとなりました。
通りがかりに「うっとおしい!」と言われたりもしましたよ(笑)ほとんど無視をされたりすることも多かったです。でも、アピール出来ていたなとは思うんです。周りの方も「マイナスにはなっていない、お前のプラスになっている」と言って下さっていました。
最初はしどろもどろになりながらも、1時間~1時間半、しゃべり続けるっていうね。


--  いちばん最初に辻立ちでマイクを握った時はどんなお気持ちでしたか?

そうですね…、恥ずかしさよりも「これをやらなきゃ!」と。崖っぷちですよね。
いま思えばよくやったなと思います。強い志があったからでしょうね。しどろもどろ
でも、結構しゃべって ました。夢中でしたね。
トータルで朝夕ふくめ100時間以上は立ったと思います。
でもこれが、辻立ちの効果が明確に現れてきましてね。
何が違うかっていうと、回数をそれだけしゃべるって事は、度胸がつくこともモチロンなのですが、自分の言うこと、つまり政策に「自信」が出てきます。しゃべる言葉にも「説得力」が出てきたと思ってます。
自信を持って話すことができるようになりました。
良いことを考えて言おうとしても、自信がないと訴求力が弱いんですよね。
それが、辻立ちをするうちに、自分で思い込む部分があるんでしょうね。「実際に
俺はやるんだ」って。
力強さが出てくるんです。特別なことを言ってるわけではないんですよ。
でも、「〇〇ではないでしょうか」「私はこうやりたいんです」って訴えると、「ああ、
なるほどな」って聞いてくれる人がいるんです。

あるとき、女子校生が3mくらい前で10分間くらいじっと聞いた後、ツカツカっと寄ってきて「あなたは郡山の為に何をする人なんですか?」って真面目に聞いてくるんですよ。自分の考えを述べた後、逆に
「あなたは郡山の為に何ができると思いますか?」っていう質問をしたんです。女子高生との政策談義でしょうか。あの時はドキドキしましたよ。
選挙用品ドットコムで頼んだ、本人と書いてある「本人たすき」を身につけて「本人さんでお馴染みの、
わたくし箭内でございます!」と言ってやっていたので、逃げられないんですよ。今思えば、自分を追い込んでいたんですよね、どうしても怖いですから。


--  ではお話しにでてきた選挙用品についてきかせてください。

選挙の勉強をしなきゃと、ネットで調べているうちに、選挙用品ドットコムのサイトも見たんです。「これはよさそうだ」と感じ、お付き合いが始まるんです。
その後、選挙の1年ほど前でしょうか、「ある政治家グループ」が主催する選挙セミナーに、参加しています。これが、選挙用品ドットコムにお願いしようと思ったひとつのきっかけでした。選挙セミナーに参加したことで、「プロにお願いしよう」と思ったんです。
その時のセミナーは、写真撮影をして頂ける回だったんですね。
このプロに撮影して頂いた写真が、正直いって、一番大きな力になったと思っています。

なので、これから選挙を考えてる方には写真撮影は大事だと伝えたいですね。「どう、写真をうまく撮るか」
ですよね。私は実際に「うまく撮って」頂きました。
地元の方にも言われたんですが「これどこで作ったの?」と聞かれたんですよ。「なかなか良いセンスで
よく撮れてるよね」と、言ってくださる方が多かったんです。


--  写真のお気に入りポイントはありますか?

普通自分で撮るとこの感じに撮れないんですよ。
あえて顎を出してください、前かがみになってください、など指示されて、プロの方が考える「素人であれば絶対にそのポーズにはならないだろう」という視点で、撮影がなされたんですよね。顎のラインが出ないとか、表情が出ないなどあるのでしょうが、数十枚以上撮って頂き、本当にうまく私を引き出してくれました。
全ての用品にこの写真を使いますので、これは大事でした。なるほどなと思いました。
写真の選定にも、何種類かある中で、田村さんに「目ヂカラがあるからこっちの方が絶対に良い!」と
アドバイスをもらいそれを選択。これも正解だったと思います。


--  票を絶対にとりに行こう!という意気込みを感じましたが、用品作りについてはいかがでしたか?

地元の用品を使わないことについても批判の声があがり
ました。私は普通の商品であれば地元で調達したと思うんです。でも、選挙用品は「武器」です。我々が戦う武器ですから、誰でも良い、どこでも何でも良いというわけにはいかないんです。自分の最も手助けになってくれるのは?と考えたときに私の身近にあったのは選挙用品ドットコムでした。
意外と、選挙に関して教えてくれる人っていないんですよね。本は読みましたよ。20冊くらい色々読みあさりました。
でも、用品の業者さんがいることは大きな手助けになりま
した。なので、こちらの意見を遠慮なくぶつけてみることも大切かもしれませんね。
私の場合は、用品作りはビラが先行しているんですよね。
このビラの制作には悩みましたねえ。二ヶ月くらい悩みました。田村さんにもかなりダメだしされました(笑)。
周りの人にもよく言われるんですよ。「お前の言うことは大きすぎる。小さくても、具体性のある事を
言った方がよい」と。「街全体を良くしたい」という総論ではなくて、例えば「○○の歩車道分離が出来ていないので、子供達に危険。私が当選したら歩車道を分離して安全にする」などの具体的な話をする
べきだ、と。
次の選挙では、その辺りのバランスを考え、よりわかりやすい具体性のある政策を打ち出すだろうなと思います。


■選挙期間を迎えて

選挙期間中は、何十年もやっているうぐいす嬢に、「こんなに本人がマイクを握ってしゃべり続ける、訴え続ける候補者を初めて見た」と言われました。これも辻立ちの成果でしょうか。選挙最後の日は妻にも同乗してもらい、政策より、私も妻も情に訴える作戦に出ました。特に私の住んでいる地区は3すくみで特に厳しかったんですよ。
(…と、選挙カーでの演説を再現してくださる)
「みなさん、色々ありますよね。皆さんが体動表明できないのもよくわかります。ですが
皆さんにとって一番いいことは、この町から複数の議員がでること。これは皆さんにとって絶対にプラスになります。箭内好彦、地元の候補者、箭内好彦にも、力をわけてください。私にも少しでいいんです。票をわけてもらえませんか!」
と私が言うと、家内が、「大変、大変、苦しい戦いを強いられております。どうか、どうか主人を助けてやってください!」と。
もう泣き落しですよね。あとから聞きましたが、みなさんの心に響いたかと。
ですが、こういう活動の中で、別の候補者が1区画置いて少し後に選挙カーで打ち消しに回ってきたりと、色々と熾烈な戦いがありましたね。本当に熾烈でした。




■政治家になりたい方へのメッセージ

--  これから政治家になりたい方にメッセージはありますか?

有権者には、「何を訴えて、何をしたいのか」「何のために立候補するのか」を必ず聞かれます。志を強く感じさせるのはもちろんですが、心だけではなく、理論的によどみなく言える状況をつくることだと思います。勢いにまかせるだけではダメですので、冷静に分析や計算をできるようにする。そうなれば当選に近づくのではないでしょうか。

数字を言うということは、自分の主張に説得力を持たせることなんですね。裏付けになり、力になります。政治家になったら、もっともっと数字を伝える機会は増えるでしょうね。
もちろん、熱い思いがないと、もちませんよ。でも、クレバーさは必要です。
また、自分の意見を組み上げてくれる仲間を作れるかも重要です。
家族は味方につけれないと、厳しい局面を乗り越えられないです。きっちり味方につけ、強固な有権者になってもらうことが大事です。


--  箭内さまにとって政治とは?

私の場合は「故郷に対する思い」「世代に対する思い」ですね。子孫に対する、引き継ごうという強い
思いがあります。震災を経て、考えざるを得なくなりました。子供たちが困らないようにするために、
素晴らしいまちづくりをし故郷の良さをどうやって伝え残していくのか、さらにそうした世界に羽ばたく
人財をどのように育成していくのかが我々に課せられています。特に震災、原子力災害の問題が立ちふさがっていますから複雑で難解です。
これからのことはまだわかりませんが、初議会が終わって、決められた中でいかにして殻を破りながら活動し、何ができるか?そこが手腕の見せ所かなと思います。期待していてください!



--  本日はお忙しい中、ありがとうございました。



※ 取材日時 2015年10月
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